侍フットボーラー、ドイツ経由ヨーロッパ最西端ポルトガルへ。

今回初の試みとなる「THE失敗談」のインタビュー企画。第一回目のゲストは、高卒でドイツへ渡り、ブンデスリーガを目指して3年間武者修行した後、ヨーロッパ最西端ポルトガルのサッカークラブへとステップアップを果たし、現在は、J.FC MIYAZAKIで活躍中の 「勇 碧(いさみ あおい)」選手のインタビューをさせて頂きます!
まずは、簡単なプロフィールから。

勇 碧
身長 163cm
体重 58kg
経歴
八松sss → 湘南ベルマーレU-15 → 湘南ベルマーレU-18 → EisbachtalU-19 → Montabaur → Neitersen → FC Eisenach → SF Palmense →J.FC MIYAZAKI
選抜歴
市、県、関東U-12選抜
ナショナルトレセン関東U-12
ナショナルトレセン東日本U-13
エリートプログラムU-13.14
神奈川県クラブ選抜U-15

Twitter : oresoccerbaka
Instagram: ore.soccerbaka

彼を初めて目にしたのは、僕がまだドイツでプレーしていた時に、僕のチームと碧選手のチームが対戦した時でした。その試合では、たまたま碧選手は出場していなかったのですが、試合後、他の選手たちがシャワーを浴びている中、ストイックに1人、グランドの隅でダッシュを繰り返していたのを今でも覚えています。練習後もあまり自主練をやらないドイツ人の中で、異彩を放っていました。香川選手や長谷部選手など、ブンデスリーガでの日本人選手の活躍によって、ドイツへサッカー留学をする日本人が増えていますが、そこから3年以上ドイツに残ってサッカーを本気で続けている人は、多くないと思います。「石の上にも三年」。まさにこの言葉を実行し、その後、ポルトガルのチームへと移籍という異例の経歴を持っていますが、まず高校を卒業した時点で、ドイツ挑戦を決断した理由を教えて下さい。

碧選手: 
元々はベルマーレユースからトップチームに昇格したいという強い思いを持って、日々励んでいましたが、怪我も重なり、実力的にも上がれないと悟り、高校卒業後は大学進学を考えてました。
しかし、ある日、両親からの
「あおいは、本気でサッカーが好きで、プロを目指してるんだったら、サッカーで海外に挑戦して見たら?」
という突然の提案に感化され、一気に海外思考が強くなり、日本人選手がブンデスリーガで活躍していて、サッカーのレベルも高かったので、高校卒業後にドイツへサッカー留学することを決心しました。

筆者:
初めのキッカケは、両親の言葉だったのですね!
グローバルな視野で、お父さんお母さんは、碧選手のことを考えていたのは、凄いと思います。ちなみに、ドイツで苦労したことは何ですか?
初めての海外で、色々大変だったと思いますが。

碧選手:
まず言葉の問題です。
どこの国でも共通かもしれませんが、発音が少し違うだけで全然理解してくれないので、自分では通じると思っていても、正しく伝わっていないことが多々ありました。
あとサッカーで言えば、ドイツでは特に結果が求められるので、ゴールやアシストをしたかったのですが、それが中々結果という形で出せなかったことに苦労しました。
あとは、海外でサッカー留学している人は、必ずと言っていいほど悩まされるビザの問題です。僕のドイツでの滞在が3年目に差し掛かる時に、ビザが取れそうになかったのですが、あるチームのトライアウトを受けたときに、そこのチームの監督が僕を気に入ってくれて、
「ビザは俺が何とかするから、安心しろ。」
と言ってくれて、何とかドイツでの3年目のシーズンを迎えることができました。本当にこのチームの監督を含め、スタッフには感謝しています。当時は、本当に日本へ強制送還されるんじゃないかと、ハラハラしました。

碧選手のビザ問題を救ったドイツのチームでの写真。

ファンからも愛される選手だったことが写真からわかる。

筆者:
僕も聞いていて、ハラハラしました。笑
海外でサッカーをしている人は、ビザに悩まされますよね。
でも当時、ドイツに残ることが出来て良かったですね!
でも、そんな素晴らしいチームに出会って、1年後にポルトガルへ移籍しようと決断した理由は何ですか?

碧選手:
ビザの問題も解決してくれて、このチームには本当に感謝していたのですが、サッカー選手として、もっと高いレベルでプレーしたいという強い思いは常に抱いていて、チャンスを探していた時に、僕の代理人から、ポルトガル4部のチームのトライアウトを勧められて、そのチームは、育成にも定評があり、トップチームのレベルも高いということだったので、トライアウトを受けてみたら、入団が決まりました。

筆者:
慣れ浸しんできたドイツを離れて、ポルトガルに移籍することは、勇気のいる決断だったと思いますし、ここから碧選手の生きる強さを感じます。しかし、ドイツ同様、ポルトガルでも様々な苦労をしたと思われますが、どのようなことに苦労しましたか?

碧選手:
結局、先ほど述べた4部のチームに入るはずだったのですが、僕がポルトガルに着いてすぐに、そのチームのオーナーが辞めると言い出し、クラブの危機的状況に選手も嫌気がさして、大半の選手がいなくなるということになり、僕は、またチームを探しなおしました。その時は、本当に精神的に辛かったです。
あとは、もちろん、ポルトガルでは、ドイツ語は通じず、ポルトガル語が公用語なので、ここでも言葉の壁に再びぶち当たりました。ポルトガル語は、初め全くわからなかので、英語でなんとかやりとりしてました。結局半年ぐらいしかいなかったので、今は、みんながよく使ってる悪口の言葉しか覚えてません。笑
そして、サッカーにおいても、ドイツの時と同様、目に見える結果を示せなかったことに、毎日悩んでました。
またサッカーをする傍ら、生活費を稼ぐために、アルバイトもしていました。元々、ポルトガルにある日本食レストランを探していたのですが、日本食レストランの方の紹介で、工事の手伝いをするアルバイトを紹介して頂きました。その紹介してくれた人には、ご飯を食べさせてもらうなど、食事の面でもお世話になってました。

ポルトガルのチームでの集合写真。

筆者:
ポルトガルでサッカーをしながら、仕事もするなんて、貴重な体験ですね。
ちなみに個人的に興味があるのですが、碧選手が感じた日本人、ドイツ人、ポルトガル人との違いがあれば教えてください!

碧選手:
ドイツ人は基本的に真面目な性格な人が多いですが、そうではない一面も兼ね備えています。
例えば、意外と時間にルーズな人もいたり、サッカーの練習中は緩い雰囲気な時もあります。しかし、試合になると雰囲気がガラッと張り詰めた雰囲気に変わったりするので、メリハリがあります。そこが日本人には、あまりないところかなと思いました!
ポルトガル人は基本的に陽気です。笑
サッカーでは遊び心持った選手がとても多いと思いました。日本人にはない感覚でプレーしてる人もよく見受けられました!

筆者:
ポルトガル人が陽気というのは、想像していた通りでした。笑
ところで碧選手、ここまでヨーロッパでの貴重なお話をして頂きましたが、現在はJ.FC MIYAZAKIでサッカー選手を続けているということですが、海外での武者修行が活かされているなと思う部分は何ですか?

碧選手:
ハリルホジッチ監督が言っていた「デュエル」ではないですが、ドイツでもポルトガルでも、1対1の勝負、特に球際の攻防で勝つことが、重要視されていたので、そこで得たボールへの執念は、こっちでも活きてると思います!

筆者:
最後にこれから海外挑戦する選手に一言、何かあればお願いします。

碧選手:
海外へ行くと自分のサッカー感は変わると思います。
海外のサッカーを実際に肌で感じて、今の自分がどのぐらい通用するのかを確認して、自分が今後どうするべきなのか、将来についても考えれますし、日本と比べたら結果を示せば、多くのチャンスが転がってるので、日本でなかなか上手くいっていない人でも、自信をもって挑戦してみると良いと思います!自分もまた挑戦したいと思っています!

筆者:
ありがとうございました!
今回の碧選手のインタビューをさせて頂いて、自分の知らない世界にも躊躇なく飛び込める度胸と決断力を感じました。僕も彼から刺激をもらえて良かったです。これから、時々、こういう形で、インタビューもやって行きたいと思いますので、まだまだ未熟ですが、これからもTHE失敗談、よろしくお願いいたします。

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